視覚と身体のセンサーを使い分けるには?
今日もアクセスいただき、本当にありがとうございます。
寅丸塾の管理人です。
できるだけ分かりやすい言葉で紹介していくシリーズでお送りしています。
前回、内部観察の重要性についてあれこれと語りました。
内部観察とは、患者さんが経験している世界について共有していく作業でした。
今日は、感覚情報と訓練についてもう少し掘り下げて考察していきます。
最後までおつきあいただけると幸いです…
感覚情報の分類
人間の感覚は、主に
・特殊感覚
・一般感覚
に分けられます。
特殊感覚とはいわゆる「五感」です。
視覚・聴覚・嗅覚・味覚・平衡覚のことです。
一般感覚は「体性感覚」と「内臓感覚」に分けられますが、
ここでは体性感覚をメインに考えていきます。
体性感覚とは、
・皮膚や表面のセンサーで感じ取る情報(硬い/柔らかい、冷たい/熱い、ツルツル/ザラザラ・・・など)
・筋肉や腱といった深部で感じ取る情報(関節がどのくらい動いたか、自分の手が今どこにあるか・・・など)
です。
冒頭から難しい単語を並べましたが…
何が言いたいかというと、
感覚にも色々あって、
人間は常にこれらの情報に晒されながらも、今必要な情報を選びながら動いている
ということです。
※入ってくる情報を全部処理していたら素早い反応はできない。優先すべき情報を取捨選択する必要がある。
例えば、
街中を歩く時は足元よりも周囲の人の流れや目標物などに注意を向けます。
一方で、ぬかるんだ山道を歩く時は、周囲よりも一歩一歩感触を確かめるように自分の足と地面に注意を向けます。
脳卒中片麻痺患者さんの歩き方は、地面の形状にかかわらず基本的に後者寄りであることが圧倒的に多いです。
そして健常者と違う点は、
筋肉のセンサーで足の位置や荷重感覚を確かめているというよりも
「地面を目で見て足がどこにあるかを確かめている」点です。
つまり、
足から得る体性感覚よりも、視覚への依存が強いことになります。
感覚の消去とは
これまで何度か繰り返してきましたが、
片麻痺患者さんは不安定な身体を何とか制御するために、「力む」という戦略を選択しがちです。
※力むと身体は固まって安定が増す代わりに、感覚が入ってこないという状態になります。
ですので、
今必要な情報は視覚なのか、聴覚なのか、体性感覚なのか
という使い分けが上手でありません。
結果、
本能的に目で見た情報を最も信頼し、それ以外は淘汰する
わけです。
それが繰り返されると、
「大して役に立っていない足の感覚に注意する必要はない」
「足の関節を全て動かないようにしてセンサー自体をoffにしよう」
と脳が都合のいい方法を学習した結果、
足を着いても足からは何も情報が入ってこなくなる、
すなわち「感覚の消去」が成立します。
視覚と体性感覚を一致させる
認知運動療法において、
患者さんのパフォーマンスを高めるために必要不可欠な視点は視覚と体性感覚の情報に整合性を持たせることです。
難しい表現をしてしまいましたが、平たく言うと目で見たことと足で感じたことがズレないようにする作業です。
足を地面に着いたとき、
足の場所は目で確認できることですが、
足の裏には床の感覚が入ってきますし、
体重を支える必要があるため足の裏には床を押すような筋肉のセンサーが働きます。
ただし、
そのセンサーは足の裏だけではなく骨盤・股関節から膝を介して足元につながります。
つまり、
「足を着いた場所」
と
「足の裏が床に密着する感覚」
と
「股関節が伸びる感覚」
は、
体重を支えるという目的において一致していないといけません。
したがって、
下を見ながら「力任せ」に歩くような患者さんに対して、セラピストは股関節の動きと足が床に沈む感覚がリンクしているかを確認しなければなりません。
これは私が病院にいた頃よくやっていた課題です↓
患者さんの両足をスポンジに乗せ、ゆっくりと沈ませたとき、
①「どちらの足が沈んだか?」
②「沈む動きはどの関節の動きに感じたか?」
③「どのスポンジ(何種類か用意してある)が沈みやすく感じたか?」
④「右と左のスポンジを入れ替えるとどんな感じになるだろうか?」
などなど・・・
これらの問われた質問に対して、患者さんは
①動きの有無や沈んだ感覚をざっくり左右比較する
②片方の足の中でも関節の違いを区別する
③沈みやすく感じる=筋肉とセンサーを同時に働かせる
④「このくらいの感覚になるはずだ」と予測する
というふうに、動きと感覚をリンクさせる必要があります。
上手くスポンジを踏めない患者さんにはセラピストが動きを介助して感覚を入れることを優先していきます。
区別がつきやすくなると、
自分の力をコントロールして動かす割合を増やしたり、
動く前に感覚を予測してから動いた後、どのくらいズレがあったか、
など難易度を調整していきます。
「難易度」とは、
患者さん一人では解決しにくい課題だがセラピストがヒントを与えたり誘導することで知覚できるものが望ましいと言います。
これを「最近接領域」といいます。
例えば、
「麻痺側の踵(かかと)がスポンジに沈む」
という感覚がセラピストに足を動かしてもらえば「分かる」のに、自分でやろうとするとつま先だけが沈み踵が浮いてしまうという問題が残る場合、
その患者さんは踵が沈んでいくためには「足の付け根」が伸びていくような動きが必要なことを理解していない可能性があります。
そこで、踵がスポンジに沈み込むためには
「今からあなたのかかとがスポンジに沈む動きを私が手伝いますから、股関節の動きに注意してくださいね、せーの・・・」
といった具合に
「股関節を伸ばす動きが踵に伝わってスポンジに沈みこむ」
ことを理解させ、最終的には
「歩く時に股関節から踵に力を伝えて床反力という感覚を得る」
ことへとつながっていきます。
実際にはかなり細かいやりとりをしながら患者さんの世界を広げていくのですが、
ブログという性質上このくらいの紹介とさせていただきます。
まとめ
患者さんは身体のバランスが崩れ自分の感覚があてにならないため、
分かりやすい「視覚」に依存した動きが強化されていきます。
視覚が強化されると、それ以外の情報は消去され、不必要な感覚が入ってこないようにするために身体はどんどん固まっていきます。
そこで、体性感覚というセンサーをしっかり働かせ、目で見る世界と身体の感覚を一致させるような課題としてスポンジを用いた認知課題をご紹介しました。
必要に応じて身体の感覚に注意が向けられる
ということは、それだけ汎用性のある動きができるという意味です。
患者さんは自律した生活を送りたいのであって、
「トイレ動作」「着替え動作」
を丸覚えしたい訳ではありません。
・行為そのものを反復的に学習させる
・行為につながる身体操作の基本を学習させる
どちらも引き出しとして持っておけば、質の高いリハビリテーションにつながると私は確信しています。
内容が内容ですので、どうしても難しくなってしまいましたが・・・
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。