週末に本気を出す療法士の日常

東洋医学を研究する療法士が自由診療の世界で戦いながら、普段は会社員として子どもに振り回されつつ学んだことを綴っています。

メリットとやる気

今日もアクセスいただき、本当にありがとうございます。

 

前回のブログで、現在の私の立ち位置についてご紹介させていただきました。

 

toratezza0316.hatenablog.com

 

成人と子どもとの違い

 

さて、

私は現在 障害者療育センター に在籍しているわけですが、ざっくり言うと

「何かしら課題のある子ども」

あるいは

「かつては子どもだった重度障害者」

の生活の質を高める(維持する)リハビリテーション

が主な業務です。

 

いわゆる発達障害の分野にあたるわけです。

 

 

これまで私が診てきた対象者達は、言うなれば

「一度完成していたものが壊れた状態」

でした。

 

それに対して、ここでの対象者は

「そもそも完成しておらず常に発展途上」

な状態であることが大きな違いです。

 

 

したがって、

元の状態を目指せば良かった(可能かどうかはともかく)これまでと違い、

目の前の対象者がこれからどうなっていくのか、またどうあるべきか

というように、

セラピストの見通しや現実的な着地点、また保護者との折り合い

を考えることが非常に重要であるように感じています。

 

 

 

子どもの「療育」について

 

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「自分の子どもは問題なく育っているのだろうか」

 

子育て世代なら誰もが心配する問題。

 

県内各地から「気になる我が子」を連れて親御さんが足を運ばれてきます。

 

その多くが、

「注意欠如多動性障害(ADHD)」

自閉症スペクトラム障害ASD)」

などと呼ばれる、社会性・対人コミュニケーションに課題を抱えるお子さんです。

 

 

ざっと説明しますと、 

注意欠如多動性障害=ADHDとは、

不注意(集中力がない)、多動性(じっとしていられない)、衝動性(思いつくと行動してしまう)といった症状が見られる障害です。

ADHDは、これらの要素の現れ方の傾向は、「不注意優勢に存在」「多動・衝動優勢に存在」「混合して存在」というように人によって異なります。
その特性により、授業に集中できない、忘れ物が多いなどがあり、叱られることが多くなりがちです。

 

自閉症スペクトラムASDとは、

コミュニケーション能力の困難、こだわりが強いなどの特徴がある「自閉症」「高機能自閉症」「アスペルガー症候群」の総称名です。

自閉症は、言葉の遅れや知的障害を伴い、人とコミュニケーションをとることが困難であることが大きな特徴ですが、高機能自閉症では知的障害は見られません。

アスペルガー症候群は、知的障害はなく、人によっては優れた才能を発揮することがあります。しかし、コミュニケーションをとることは苦手です。

例えば「お風呂のお湯を見て」という母親の言葉には「お湯が一杯になっていたら止めてね」という依頼の意味が含まれていることを理解できず,文字通り風呂を「見る」だけで終わってしまうことがあります。

 

 

細かい話は追々ネタにしていくとして・・・

 

これらの特性に対して「療育」の名の下に子ども達と関わっていくわけですが、

 この所属先の名称にも使われている「療育」という言葉について、最近よく考えているところなのです。

 

 

 

療育の意味を考える

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療育とは・・・

心身に障害をもつ児童に対して、社会人として自立できるように医療と教育をバランスを保ちながら並行してすすめること。すなわち「療」とは医療あるいは治療を意味し、「育」とは養育や保育もしくは教育を意味する。

小学館 日本大百科全書

 

「療育」を受ける児は何かしら課題があり困っている(本人が、というよりも主に保護者や兄弟、学校の仲間など)けれども、「訓練」をして周りに追いつかせる、というわけではない。

 

発達障害=脳の小さな不具合を持ちつつも、

周囲の接し方いかんで、その子なりの一番よい姿を見せてくれるようにするという考え方が「療育」である。

 

普段は「できない」ことが多く、自尊心を削がれがちな子どもたちが、ちょっと頑張ればできる遊びや課題を提供してもらえる。

 

すると、「できた!」「やればできる」という喜びが得られ、結果的に自己肯定感につながる。

 

いずれ、その子たちが、やりたいことを見つけ自分らしく生きることを支えていくための基礎を作るのが「療育」である。

 

 

とまあ、このようなコンセプトで進めていくようだ。

 

 

 

子どもにどのように参加してもらうか

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そうは言っても課題を抱えた子どもに達成感や有能感を感じてもらうのは中々難しいことが多いようだ。

 

ここで仕事をし始めて真っ先に思ったこと。

 

この子達は、どんな風に説得されてここに通っているのだろうか。

 

少なくとも「療育」などという言葉を理解できる子はここには来ないはず。

 

楽しんで来てくれている子もいるけど、そうでなさそうな子も多い。

 

 

先日、まだ通い始めたばかりの子どもの保護者から尋ねられた。

 

「ここに通うのに、子どもに何と言って連れてきたらよいですか?

 

・・・(注)今日の記事の核心はここです。

 

 

私はふと、昔のことを思い出しました。

自己主張の控えめな子どもだった頃、親に諭されてピアノに通っていた私は、男のクセにと結構周りから揶揄されていた。

ある日、思い切って親に「ピアノ、何で行かんといけんの?」と聞いてみたところ、

親からこんな答えが返ってきた。

 

「将来役に立つからよ」

 

・・・そうか、役に立つのか(苦笑)。

ようわからんけどやってみよう(単純)。

 

実際、その通りになった。

結局8年通った成果は、大人になっても趣味・特技になっている。

 

 

要するに、

子どもにとってのメリットを提示してあげられるかどうか

が重要なのか。

 

 

ということは、

「療育に来ることで得られるメリットは何か?」

を考えたとき、

・かけっこで1番になれる

・友達がたくさんできるようになる

・学校よりも面白い世界が見える

・人気者になれる

・この時間だけは好きなことをさせてもらえる

など、ポジティブなイメージを子どもに持たせることが大事なんですね。

 

逆に、

「あなたは〇〇が劣っているから」

「学校でトラブルになってるから」

など、「マイナスを何とか軽くしたいという想いをそのまま伝える」ような促しはあまりお勧めできないです。

 

 

というようなやりとりさせてもらったところ、

どうしてもマイナスな面に目が向きがちなそのお母さんは大きな気付きが得られたようです。

 

 

 

 

療育の現場に立つようになって、新たに考えさせられることがたくさんあります。

外様の人間ならではのものの見方というのもこれから増えてくるでしょう。

 

 

以上、これまでと路線がガラリと変わりつつもまた徐々に軌道修正していきます。

 

今日もここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。