週末に本気を出す療法士の日常

東洋医学を研究する療法士が自由診療の世界で戦いながら、普段は会社員として子どもに振り回されつつ学んだことを綴っています。

近況報告。

今日もアクセスいただき、本当にありがとうございます。

 

 

段々と記憶も薄れてくる「西日本豪雨」から1年余り、本当に久し振りのブログ更新となってしまいました。

 

この1年で自分の心境や置かれた環境が目まぐるしく変わり、なかなか文面にする勇気が持ませんでした。

どうぞ、興味のある人だけお付き合いください・・・

 

 

昨年度の途中、保険外リハビリというビジネスを継続するだけの身体的・精神的な余裕がなくなってしまい、

「安定」を最優先に病院勤務に戻ったものの目標を見失ったまま日々を過ごしていました。

 

事業を継続する上でビジョンや戦略はもちろん、「情熱」が最も重要であることは理解していました。

 

元々コミュニケーションが下手だった私は、療法士となった最初の数年間は自分がこの仕事に向いているとは思えず、何度もやめてしまおうかと悩んでいました。

 

しかし、様々な出会いや経験から理想のセラピスト像を追うようになり、

ある日決断したのが「保険外診療」でした。

 

ただし、経営者としてはまだまだ勉強不足で、いつの間にか目の前の利益ばかりを追い求めるようになり、何のためにやっているのか分からなくなってしまいました。

 

まぁ、難しいことはおいといて、

単純に労働に対して利益が病院時代の給料と大して変わらないじゃん!

 

的な状態からやる気がなくなっていった部分が大いにあるのですが。

 

 

いずれにしても、事業は頓挫し次の目標を探し始めた私。

 

 

久し振りに勤務する病院は、相変わらず診断名はともかく肩こり・腰痛・膝痛・麻痺・・・を抱える患者で溢れかえっている。

 

自分にとってはいつも通りの技術を提供すると、これまで漫然とリハビリに通っていた患者の目の色が変わってくる。

 

指導する側に立つことになる私。

 

それまで自分がエースだと思っていたのに得体の知れないヤツに地位を奪われる怖れから距離をとるor威厳を張る古株。

 

色々な感覚に懐かしさすら覚えながらも、何かが足りない。

 

 

「緊張感」

 

 

 

 

 思い出した。

 

何年か前、余命数ヶ月と言われた4歳の子どもを担当したことがあった。

 

慣れない子どものリハビリテーション、ましてやすぐそこに迫った「死」と向き合うことの責任感。

 

日に日に衰えていく児を相手に、一体何をどうすれば親子を満足させられるのか。

 

子どもは、親は、リハビリテーションに何を期待しているのか。

 

 

怖い・・・

 

 

 

当時の自分にはなかった技術が、今はある。

 

今の自分なら、当時よりも自信をもって親子のサポートができる。

 

これから大きくなって納税者となるべき子どもを、技術や支援次第では受給者のままにさせないこともできるのではないか。

 

 

そうだ、「発達」という領域に足を踏み入れてみよう。

 

 

・・・

 

 

 

そんな思いつきから、ある療育支援センターに入ってちょうど半年が流れました。

 

f:id:toratezza0316:20191027215141j:plain

 

今、目の前の生まれながらに重度の障害を持った利用者や、通常の生活は送れているけど色々な問題を抱えている子どもと毎日のように向き合っています。

 

正直、これまでとはまるで違う世界。

 

でも、これまで培ったものが役に立たないわけじゃない。

 

むしろ、これまでの経験がなければとてもここでの仕事は務まらない。

 

それくらい、毎日が真剣勝負になっている。

 

 

ここでは自分は全く異質な新参者。

 

それでも、こんな自分を頼ってくれる仲間もできた。

 

 

・・・そうか、私は仲間がほしかったんだ。

 

 

暫く、がんばってみよう。

 

セラピストとして、精一杯やれたと思えるくらい。

 

この仕事についてなら何でもこなせるようになったと言えるくらい。

 

娘に、「パパはすごいね」と言ってもらえる日が来るといいな。

 

なんて・・・

 

 

 

当分サボっていたためか、これだけ書くだけでも随分時間がかかってしまいました。

月1くらいは更新するよう励んでいきます。

 

今日もここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。