週末に本気を出す療法士

自分の目に映る「リハビリ難民」を西洋と東洋、双方向から診る療法士。セミナー寅丸塾を不定期で開催しながら、普段は家でも職場でも子どもに振り回さる会社員。

評価と見立て

今日もアクセスいただき、本当にありがとうございます。

 

ちょっと油断するとすぐに更新作業をサボるため、せっかくの読者様に飽き飽きされそうな今日この頃です。

 

さて、前回のお話は、

あれこれとウンチクを垂れながらも、

子どもにどうやってやる気を出してもらうか

ということについて言及させていただきました。

 

toratezza0316.hatenablog.com

 

今日は、課題を抱える子どもに対するリハビリテーションの「評価」について考えていければと思いながら徒然なるままに手を動かしております。

 

 

親から見て子どもの点数化は重要か?

 

私も親の端くれですので、子どもの将来について心配か?

と聞かれれば当然心配です。

 

これから年長になって小さい子のお世話をしたり、同年代の子との関係や行く行くはやってくる進学の問題、そして就職・・・

 

 

いやその前に、まず「トイレちゃんと行けや」

 

ってのが真っ先に思い当たる心配事なのですが。

 

娘よ、なぜお前は保育園ではまぁまぁ出来てるのに家に帰ると平気で漏らす!?

 

 

・・・まぁ、保育園で気ィ張って頑張ってくれてるので、少々家で色んなところがユルくなってても多少目を瞑りますが。

 

まさか小学生になっても続くことはあるまいて。

 

 

 

話が大分ズレました。

 

 

 

私の勤めるセンターでは、

何かしら課題のあるお子さんのリハビリテーション依頼が来ると、

まずチェックシートに沿って課題を与え、運動機能や問題解決能力を観察するようになっています。

 

例えば、

ケンケンで真っ直ぐ進める

セラピストと同じポーズができる

シーソーの上でバランスよく立っておく

目で追っかける

指を順番に合わせる(親指と人差し指→次に親指と中指→・・・)

鉛筆で線をなぞっていく

絵を描く

知能指数(IQ)を測る

etc・・・

 

挙げればキリがないですが、要は出来ることと出来ないことを分けていき、課題を炙り出すようなものです。

1度で終わるものではなく、微妙に視点や方法を変えながら繰り返し協力してもらいます。

つまりチェックシートの項目自体が多すぎて、それこそ何度も通ってもらう訳ですから、言うなれば「評価」のためにその親子は一定期間セラピストの行う検査に付き合わされるということです。

 

 

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ここまで書いてみて、「おかしい」と思ってくださった方、ありがとうございます。

 

 

 

この方法で、ざっくりと平均より「よい」「悪い」という評価が得られたとして、

それを報告されたところで親からしてみると

 

「大きなお世話だ」

 

と言いたくなりませんか?

 

 

少なくとも私が患者(被支援者)の立場であればそう思います。

 

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必要なのは主訴に対する見立て

 

 

昔から後輩を教育する際にはよく言ってきたことがあります。

 

「決められた検査をやって点数を出すだけなら、そこら辺のおばちゃん雇ってアルバイトでやってもらった方がいんじゃね?」

 

 

元々の専門分野である成人の外傷や脳卒中でもそうでしたが、

患者には当然「主訴」があります。

 

当センターでよく耳にする親の訴えといえば、

よくこける

手先が不器用

身体が硬い

言葉の発達が遅い

落ち着きがない

友達関係のトラブル

こだわりが強い

空気が読めない

常に動いている

癇癪をおこす

授業についていけない

etc・・・

 

それこそ挙げればキリがないですが・・・

 

 

リハビリテーションにおいて、「問題」というものをざっくり分けると

 

・優先的に解決すべきものと後回しでもよいもの

・本人を変えることで解決が見込まれるものと環境を変える方が項を奏するもの

 

があります。

 

基本的に発達途上である子どもは、

粗を探せばいくらでも「問題点」らしきものは出てきます。

 

ただ、

容疑者のプロファイリングのようにデータを集めまくる作業よりも、

初めて会う子どもが大人の自分に対して

「素を出せる」

ように持っていく方がよっぽどその子を「把握した」ことになりそう。

 

その上で優先順位を取捨選択していくことが場合によっては支援につながりそう。

 

 

そんなことを考えながら、悪ガキ(?)の相手に明け暮れる1週間でした。

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続く・・・

 

メリットとやる気

今日もアクセスいただき、本当にありがとうございます。

 

前回のブログで、現在の私の立ち位置についてご紹介させていただきました。

 

toratezza0316.hatenablog.com

 

成人と子どもとの違い

 

さて、

私は現在 障害者療育センター に在籍しているわけですが、ざっくり言うと

「何かしら課題のある子ども」

あるいは

「かつては子どもだった重度障害者」

の生活の質を高める(維持する)リハビリテーション

が主な業務です。

 

いわゆる発達障害の分野にあたるわけです。

 

 

これまで私が診てきた対象者達は、言うなれば

「一度完成していたものが壊れた状態」

でした。

 

それに対して、ここでの対象者は

「そもそも完成しておらず常に発展途上」

な状態であることが大きな違いです。

 

 

したがって、

元の状態を目指せば良かった(可能かどうかはともかく)これまでと違い、

目の前の対象者がこれからどうなっていくのか、またどうあるべきか

というように、

セラピストの見通しや現実的な着地点、また保護者との折り合い

を考えることが非常に重要であるように感じています。

 

 

 

子どもの「療育」について

 

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「自分の子どもは問題なく育っているのだろうか」

 

子育て世代なら誰もが心配する問題。

 

県内各地から「気になる我が子」を連れて親御さんが足を運ばれてきます。

 

その多くが、

「注意欠如多動性障害(ADHD)」

自閉症スペクトラム障害ASD)」

などと呼ばれる、社会性・対人コミュニケーションに課題を抱えるお子さんです。

 

 

ざっと説明しますと、 

注意欠如多動性障害=ADHDとは、

不注意(集中力がない)、多動性(じっとしていられない)、衝動性(思いつくと行動してしまう)といった症状が見られる障害です。

ADHDは、これらの要素の現れ方の傾向は、「不注意優勢に存在」「多動・衝動優勢に存在」「混合して存在」というように人によって異なります。
その特性により、授業に集中できない、忘れ物が多いなどがあり、叱られることが多くなりがちです。

 

自閉症スペクトラムASDとは、

コミュニケーション能力の困難、こだわりが強いなどの特徴がある「自閉症」「高機能自閉症」「アスペルガー症候群」の総称名です。

自閉症は、言葉の遅れや知的障害を伴い、人とコミュニケーションをとることが困難であることが大きな特徴ですが、高機能自閉症では知的障害は見られません。

アスペルガー症候群は、知的障害はなく、人によっては優れた才能を発揮することがあります。しかし、コミュニケーションをとることは苦手です。

例えば「お風呂のお湯を見て」という母親の言葉には「お湯が一杯になっていたら止めてね」という依頼の意味が含まれていることを理解できず,文字通り風呂を「見る」だけで終わってしまうことがあります。

 

 

細かい話は追々ネタにしていくとして・・・

 

これらの特性に対して「療育」の名の下に子ども達と関わっていくわけですが、

 この所属先の名称にも使われている「療育」という言葉について、最近よく考えているところなのです。

 

 

 

療育の意味を考える

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療育とは・・・

心身に障害をもつ児童に対して、社会人として自立できるように医療と教育をバランスを保ちながら並行してすすめること。すなわち「療」とは医療あるいは治療を意味し、「育」とは養育や保育もしくは教育を意味する。

小学館 日本大百科全書

 

「療育」を受ける児は何かしら課題があり困っている(本人が、というよりも主に保護者や兄弟、学校の仲間など)けれども、「訓練」をして周りに追いつかせる、というわけではない。

 

発達障害=脳の小さな不具合を持ちつつも、

周囲の接し方いかんで、その子なりの一番よい姿を見せてくれるようにするという考え方が「療育」である。

 

普段は「できない」ことが多く、自尊心を削がれがちな子どもたちが、ちょっと頑張ればできる遊びや課題を提供してもらえる。

 

すると、「できた!」「やればできる」という喜びが得られ、結果的に自己肯定感につながる。

 

いずれ、その子たちが、やりたいことを見つけ自分らしく生きることを支えていくための基礎を作るのが「療育」である。

 

 

とまあ、このようなコンセプトで進めていくようだ。

 

 

 

子どもにどのように参加してもらうか

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そうは言っても課題を抱えた子どもに達成感や有能感を感じてもらうのは中々難しいことが多いようだ。

 

ここで仕事をし始めて真っ先に思ったこと。

 

この子達は、どんな風に説得されてここに通っているのだろうか。

 

少なくとも「療育」などという言葉を理解できる子はここには来ないはず。

 

楽しんで来てくれている子もいるけど、そうでなさそうな子も多い。

 

 

先日、まだ通い始めたばかりの子どもの保護者から尋ねられた。

 

「ここに通うのに、子どもに何と言って連れてきたらよいですか?

 

・・・(注)今日の記事の核心はここです。

 

 

私はふと、昔のことを思い出しました。

自己主張の控えめな子どもだった頃、親に諭されてピアノに通っていた私は、男のクセにと結構周りから揶揄されていた。

ある日、思い切って親に「ピアノ、何で行かんといけんの?」と聞いてみたところ、

親からこんな答えが返ってきた。

 

「将来役に立つからよ」

 

・・・そうか、役に立つのか(苦笑)。

ようわからんけどやってみよう(単純)。

 

実際、その通りになった。

結局8年通った成果は、大人になっても趣味・特技になっている。

 

 

要するに、

子どもにとってのメリットを提示してあげられるかどうか

が重要なのか。

 

 

ということは、

「療育に来ることで得られるメリットは何か?」

を考えたとき、

・かけっこで1番になれる

・友達がたくさんできるようになる

・学校よりも面白い世界が見える

・人気者になれる

・この時間だけは好きなことをさせてもらえる

など、ポジティブなイメージを子どもに持たせることが大事なんですね。

 

逆に、

「あなたは〇〇が劣っているから」

「学校でトラブルになってるから」

など、「マイナスを何とか軽くしたいという想いをそのまま伝える」ような促しはあまりお勧めできないです。

 

 

というようなやりとりさせてもらったところ、

どうしてもマイナスな面に目が向きがちなそのお母さんは大きな気付きが得られたようです。

 

 

 

 

療育の現場に立つようになって、新たに考えさせられることがたくさんあります。

外様の人間ならではのものの見方というのもこれから増えてくるでしょう。

 

 

以上、これまでと路線がガラリと変わりつつもまた徐々に軌道修正していきます。

 

今日もここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

 

近況報告。

今日もアクセスいただき、本当にありがとうございます。

 

 

段々と記憶も薄れてくる「西日本豪雨」から1年余り、本当に久し振りのブログ更新となってしまいました。

 

この1年で自分の心境や置かれた環境が目まぐるしく変わり、なかなか文面にする勇気が持ませんでした。

どうぞ、興味のある人だけお付き合いください・・・

 

 

昨年度の途中、保険外リハビリというビジネスを継続するだけの身体的・精神的な余裕がなくなってしまい、

「安定」を最優先に病院勤務に戻ったものの目標を見失ったまま日々を過ごしていました。

 

事業を継続する上でビジョンや戦略はもちろん、「情熱」が最も重要であることは理解していました。

 

元々コミュニケーションが下手だった私は、療法士となった最初の数年間は自分がこの仕事に向いているとは思えず、何度もやめてしまおうかと悩んでいました。

 

しかし、様々な出会いや経験から理想のセラピスト像を追うようになり、

ある日決断したのが「保険外診療」でした。

 

ただし、経営者としてはまだまだ勉強不足で、いつの間にか目の前の利益ばかりを追い求めるようになり、何のためにやっているのか分からなくなってしまいました。

 

まぁ、難しいことはおいといて、

単純に労働に対して利益が病院時代の給料と大して変わらないじゃん!

 

的な状態からやる気がなくなっていった部分が大いにあるのですが。

 

 

いずれにしても、事業は頓挫し次の目標を探し始めた私。

 

 

久し振りに勤務する病院は、相変わらず診断名はともかく肩こり・腰痛・膝痛・麻痺・・・を抱える患者で溢れかえっている。

 

自分にとってはいつも通りの技術を提供すると、これまで漫然とリハビリに通っていた患者の目の色が変わってくる。

 

指導する側に立つことになる私。

 

それまで自分がエースだと思っていたのに得体の知れないヤツに地位を奪われる怖れから距離をとるor威厳を張る古株。

 

色々な感覚に懐かしさすら覚えながらも、何かが足りない。

 

 

「緊張感」

 

 

 

 

 思い出した。

 

何年か前、余命数ヶ月と言われた4歳の子どもを担当したことがあった。

 

慣れない子どものリハビリテーション、ましてやすぐそこに迫った「死」と向き合うことの責任感。

 

日に日に衰えていく児を相手に、一体何をどうすれば親子を満足させられるのか。

 

子どもは、親は、リハビリテーションに何を期待しているのか。

 

 

怖い・・・

 

 

 

当時の自分にはなかった技術が、今はある。

 

今の自分なら、当時よりも自信をもって親子のサポートができる。

 

これから大きくなって納税者となるべき子どもを、技術や支援次第では受給者のままにさせないこともできるのではないか。

 

 

そうだ、「発達」という領域に足を踏み入れてみよう。

 

 

・・・

 

 

 

そんな思いつきから、ある療育支援センターに入ってちょうど半年が流れました。

 

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今、目の前の生まれながらに重度の障害を持った利用者や、通常の生活は送れているけど色々な問題を抱えている子どもと毎日のように向き合っています。

 

正直、これまでとはまるで違う世界。

 

でも、これまで培ったものが役に立たないわけじゃない。

 

むしろ、これまでの経験がなければとてもここでの仕事は務まらない。

 

それくらい、毎日が真剣勝負になっている。

 

 

ここでは自分は全く異質な新参者。

 

それでも、こんな自分を頼ってくれる仲間もできた。

 

 

・・・そうか、私は仲間がほしかったんだ。

 

 

暫く、がんばってみよう。

 

セラピストとして、精一杯やれたと思えるくらい。

 

この仕事についてなら何でもこなせるようになったと言えるくらい。

 

娘に、「パパはすごいね」と言ってもらえる日が来るといいな。

 

なんて・・・

 

 

 

当分サボっていたためか、これだけ書くだけでも随分時間がかかってしまいました。

月1くらいは更新するよう励んでいきます。

 

今日もここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

 

 

被災地でもう一つ命を脅かすもの

今日もアクセスいただき、本当にありがとうございます。

コチラは尾道で唯一、リハビリ難民(病院でリハビリを打ち切られたり正しい運動療法を指導してもらえない方全て)専門でサポートしている作業療法士のブログです。

 

長らく留守にしておりました。

コチラのブログは凍結させてしまっていたのですが、少しでも多くの方の目に留まるよう再度発信しています。

 

ニュースでもご存じかと思いますが、

ここ尾道と周辺地域は

先週末私がこれまで体験した中で最悪の大雨災害に見舞われました。

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かつてない緊張と恐怖を感じた週末から一応の落ち着きは取り戻し・・・

 

私の地域も河川の氾濫、土砂崩れによる道路の崩壊が相次ぎ、
一時完全に陸の孤島状態でしたが、
懸命の土木作業のおかげでかろうじて交通も復旧しつつあります。

 

ただ、断水や物流ストップ、地盤の崩落などの影響がすさまじく
週が明けても仕事どころではなさそうです。

 

また、ここよりも被害の大きな地域もあります。
SNSを使って助けを求める声がたくさん寄せられてきましたが、
徐々に自衛隊の応援も駆けつけてくれているようです。

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さて、
こういった災害時には避難所生活を余儀なくされる方、大渋滞で寝ることもままならず車の中で一晩過ごす方も少なくないようです。


最優先事項はもちろん食料や水を確保することなのですが、
同じくらい直接命に関わる問題があります。

それが
エコノミークラス症候群
と呼ばれる、

正式名称では深部静脈血栓症肺塞栓症という問題です。

 

 

ー以下、説明ー


典型的なケースとしては長時間座ったまま過ごしたあと歩きはじめたとたんに、急に呼吸困難やショックを起こし、ときには亡くなることも・・・

 

長時間狭い椅子に座ったままの状態や窮屈な姿勢での睡眠を強いられると、足の血液の流れが悪くなり、静脈の中に血のかたまり(静脈血栓)ができやすくなる。

 

この静脈血栓が歩行などをきっかけに足の血管から離れ、血液の流れに乗って肺に到着し肺の動脈を閉塞してしまう。

 

2016年の熊本地震のときにも、これが原因で病院に搬送された例、死亡された例が報告されました。


静脈血栓症肺塞栓症を予防するためにもっとも重要なことは、

・積極的な運動(歩行)

・長時間自動車のシートに座った姿勢で眠らない

・ときどき足首の運動を行う

・ふくらはぎのマッサージを行う

・十分な水分を補給する

・可能であれば避難所で簡易ベッドを使用する。

 

「歩行時の息切れ、胸の痛み、一時的な意識消失、あるいは片側の足のむくみや痛みなどが出現した場合には、早急に医療機関を受診して欲しい。車中泊をする場合や、避難所の中で運動などがままならない場合には、弾性ストッキングを適切な指導の下、使用することで予防効果は高まる。弾性ストッキングが被災地に届くように手配している」と、日本循環器学会は注意を呼びかけている。

 

厚生労働省エコノミークラス症候群予防のための運動として

(1)足の指でグーをつくる、

(2)足の指をひらく、

(3)つま先を地面に付け、かかとを上下に動かす、

(4)つま先を引き上げる、

(5)ひざを両手で抱え、力を抜いて足首を回す、

(6)ふくらはぎを軽くもむ

――と紹介している。

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今までどこか他人事のように思っていた「被災」。

目の前に突きつけられた状況に、どれだけ冷静に対応出来るかで周囲の安心生まれるはずですね。


多くの方が1日も早く日常に戻れるよう、自分にも出来ることがないか模索していこうと思います。

 

 

問題が慢性化すると感覚が鈍る?

今日もアクセスいただき、本当にありがとうございます。

尾道で唯一の疼痛治療専門家のブログへようこそ!

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先週の尾道(御調)は毎日のように雪が降っていました。

どうしても客足に影響してきますが、家族との時間も少し増えて休養になりました。

 

 

さて、

何度も言及していることかも知れませんが病院勤務時代と今とではずいぶん働き方が変わっています。

 

例えば「〇〇骨折」など問題が明らかな場合、機能障害が生活に支障を来たしているため「生活にそこそこ支障がなるなるまで」患者さんは半自動的に目の前に現れます。

たとえ担当のセラピストがどんなに不勉強でも

 

 

しかし、

慢性化した肩こりや腰痛を抱えた方にとっては「すぐに何とかしてくれる」が重要で、

初めて会う方の自覚症状に対して即座に問題の解明と目標・戦略の方向性を決めた上で「治りそう」という変化を感じていただく必要があります。

 

 

したがって、

学生時代に学んだ、対象者の苦手なこと・できないことを炙り出す減点方式の評価

顧客は全く価値を感じません。

 

 

具体的には、

「肩が重い」という訴えに対して、

 

肩の動く範囲を測定する

肩の筋力を調べる

肩の感覚が鈍っていないか検査する

etc・・・

 

これらの検査測定は教科書に則れば全て正解ですが、顧客にとっては面倒で極力避けたい作業です。

 

全く必要ないとは言いませんが、マイナスな面を浮き彫りにするよりも「ここの働きをよくすれば軽くなる」といったポイントを明確化することの方が対象者の意欲や信頼感も高まる訳です。

 

 

 

 さて、

そろそろ話をタイトルに沿わせていきます。

 

 

年単位で重さや痛みなどの違和感が慢性化している方の傾向として、

正常な感覚がどのようなものかが非常に分かりにくくなっている 

印象があります。

 

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例えば、

肩がいつも重たい方の肩甲骨は相対的に脱落傾向にあり、首と肩甲骨を繋ぐ筋肉が常に引き伸ばされています。

 

すると、

筋肉自体が常に緊張してしまい、その部位への血流がストップしがちになります。

 

これを一般的に「肩こり」と呼んでいる訳ですが、

その部位を触れたときに「痛い」と感じる方は多いですが、

 「何も感じない」

方も意外と多いのです。

 

 

これは、

筋繊維とその栄養血管が阻血状態となり、筋肉自体の感覚を伝える末梢神経も圧迫されバカになっていると解釈できます。

 

したがって、

末梢へ向かう血流や神経の通り道を広げることで循環を回復させる必要性があります。

 

そこで、

「胸郭出口」と呼ばれる、胸と肩/頚の境界線に目を向けてみます。

 

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一般的に撫で肩の人がよく罹患する「胸郭出口症候群」というトラブルは、

腕が痺れる、冷たい、頚が痛い・・・

などの症状ですね。

 

その殆どがこの境界線における筋膜・神経・血管の摩擦や圧迫によって生じます。

 

つまり、

この境界線上にある筋肉を含めた結合組織の機能障害を診る目が必要です。

 

経験上、小胸筋や斜角筋、肩甲下筋の柔軟性を引き出すことで

「血が通ってきた感じがする」

「暖かくなってきた」

「頚が楽に動かせる」

など、症状が改善してくるケースが多くあります。

 

なぜなら、これらの筋肉の緊張や短縮が血管や神経を圧迫していることが臨床上非常に多いからです。

 

「痛み止め」で誤魔化しながら

とりあえず腕を回す、筋トレをする

みたいな安直な発想では問題はむしろ慢性化していくことが多いです。

 

 

ということで、

感覚の鈍った状を決して軽く診てはいけません。

 

医師の診断はもちろん重要ですが、彼らは「運動の専門家」では決してありません。

適切な問題の評価と治療が受けられるよう、お力添え出来れば幸いです。

 

今日もここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

 

 

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足の裏が痛い人の靴底を見れば問題が分かる?

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今日は地域の駅伝大会でした。

元々陸上競技をしていたとはいえいい加減過去の財産で何とかなる年齢でもなくなり、

明らかに昔あったはずの我慢強さやラストスパートが効かなくなっているのが良く分かりました。

まぁトータルで見れば4位(/15チーム)でしたからよしとします。

 

 

それにかこつけて、

普段そんなに運動機会のない大人がそういったイベントに参加すると、

必ずといってよいほど負傷者(骨折までいかなくても筋断裂や微細損傷含む)が出てきます。

 

参加者の中で「足の指が痛くてまともに歩けない」

というタイムリーな相談がありました。

 

 

痛みのある場所は本人自身も特定できており、

中指の付け根だと言います。

 

 

 

足底面は唯一地面と接する部位ですから、

自身の体重を支えつつ床面に対して推進力を与える、運動力学的に強固な安定性と流動性が求められる部位であることは間違いありません。

 

 

細かい解剖学について触れていくとキリがないのですが、

ざっくり言うと

扁平足の方やO脚の方の足底面は荷重ポイントが偏りがちになる

 

もうちょっと分かりやすく言うと、

歩くときに足圧中心(=最も荷重のかかる場所)が踵から指先へと変化する過程がちょうどいいラインで流れているか?(↓図の赤線)

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みたいな指標があります。

 

靴の底でよくすり減るところはありますか?

 

と尋ねたとき、即答で

 

「外側がいつも削れます」

 

と仰るほど、この方の足圧中心は外側面に偏っており足底筋膜への機械的なストレスが蓄積している状態であることが伺えます。

 

よって、

荷重するポイントを「いい感じのライン」に持っていくため、

母指内転筋の出力を安定させてバランス良く床面にエネルギーを伝えていけるように持っていきます。

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母指(=親指)は手でも足でも最も太く運動の起点になるため、機能障害を見る上で避けて通れない部位の一つですね。

 

1~2分程度コントロールして、相談者に足を着いてもらったことろ、

「お?全然痛くない!」

と変化が生じます。

 

とはいえ、

元々の姿勢や歩き方自体が修正された訳ではないので、あくまでも応急処置的な要素が強いです。

 

それでも本人にとっては緊急な問題が改善したことで満足度は非常に高いようでした。

ついでにテーピングで荷重部位を調整していくように指導させてもらいました。

 

 

足底面は床の感覚や自分の筋感覚などを微細にキャッチする受容表面としての役割があるため、

力強さとしなやかさを合わせ持つ必要がありますが、

同時に身体の不協和音の煽りを受けやすい部位でもあります。

 

ときどきは自分の足の裏をケアする、という意識を持つことも重要かもしれません。

 

 

今日もここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

 

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自分の身体が自分のものに感じないことがある?

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遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。

 

暫く放置してしまっているうちに年が明けてしまいました。

 

久しぶりにまとまった休みが取れたはいいものの、

ダラけた生活になってしまっているのが分かります。

また気を引き締めてやっていきます。

 

 

 

 外傷や脳卒中などの後遺症で、

身体の一部が「自分のものに感じられない」

という感覚に襲われることは少なくありません。

 

私も子どもの頃、

肩を骨折してから2ヶ月近く腕を吊り下げていた後、医師から「もう動かしていいよ」

と言われたところ全くいうことを聞かず

「この手は俺のじゃない」

と心の中で叫んだ思い出があります。

 

 

細かいメカニズムなどはここでは端折りますが、

この身体所有感」という感覚は人間が動く上で非常に重要な一方、

あくまでも主観的なものですので第三者には伝わりにくいところです。

 

 何が言いたいのかというと、

 そこそこ柔軟な子どもでさえそのような現象に襲われる訳ですから

慢性化した症状を抱えた方ほど大なり小なり身体所有感の喪失を疑う必要がある

ということです。

 

 

 

なお、「自分のものに感じられない」

を言い換えると「その部位から正しい感覚が感覚が入ってこない」

です。

 

 

物に触れた感触、圧迫された感触、冷たい/熱い感触、関節が動いた感触・・・

 

 

感覚にも様々ありますが、

それらが自分の動きに連動するようになれば、

理論上「自分の身体に感じられる」ようになります。

 

 

高齢者にとって、「立つ」という動作は最もエネルギーの要る作業の一つです。

 

数年来車いす生活を送っている方にとって「脚」はもはやお荷物になってしまい「腕の力で柵を引っ張ってどうにか立つ」人が圧倒的に多いわけです。

 

 

しかし、

介護ありきの生活を送る上でも自分の力で立てるかどうかは介護者の負担に直結するため、そこがリハビリの目標になるといってもよいでしょう。

 

 

このような方に対して、

床に足の裏が着いた感覚

足の裏が床に沈み込む感覚

お尻が踵の上で伸び上がる感覚

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 がしっかりと入ってくると、

「久しぶりに自分の足で立った」と感じられるようになる方がおられます。

 

運動機能を改善させることがセラピストの仕事ではありますが、

そのために筋トレを選択するか、「動く感覚が入ってくる」ようガイドするかは指導者次第です。

 

ただし対象者の予備力は健常者のものとは比べるべくもないはずです。

 

我々は可能な限り対象者の負担を最小限に留めつつ動きのコツを掴んでいただきたいものですね。

 

今日もここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

 

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